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六月博多座大歌舞伎

コラム 伝えたいこと

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六月博多座大歌舞伎」では、今年1月に東京・歌舞伎座で襲名披露興行を行った二代目松本白鸚 (はくおう)さんと十代目松本幸四郎さんによる襲名披露公演が行われる。6月2日(土)から26日(火)まで。昼の部では、襲名披露公演としては異例の通し狂言「伊達の十役」、夜の部では、世話物の代表作である白鸚さんの襲名狂言「魚屋宗五郎」や幸四郎さんの襲名狂言「春興鏡獅子」など魅力的な演目となっている。

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二代目松本白鸚さんは、「博多座で松本白鸚として、また息子の十代目松本幸四郎とともに、襲名興行ができるなんて当初は考えておりませんでした。2年ぐらい前から襲名のことは準備をしておりましたが、1月に東京での襲名が終わった時に、私は、今度の襲名は奇跡に近いと思っておりました。しかし、そうではありません。奇跡というのは、手をこまねいて待っているものではなく、奇跡は我々が起こすんだと。歌舞伎を芝居を愛するみなさん方が奇跡を起こしてくださったんだなと思うようになりました」と話していたのが印象的だ。

また、息子である染五郎さんの襲名ついて問われると、

「染五郎の新幸四郎につきましては、以前演じた「伊達の十役」を見た時に、なかでも政岡を演じていた時、政岡という役は女形でお山のマドンナの役なんですが、それを見事にやっていたんです。舌を巻きました。その時に思ったのは、踊りや歌舞伎が小さなころから好きだった染五郎は、染五郎という器から芸があふれちゃっていると感じました。それだけの役者になってくれたという親としての嬉しさと、半面もったいないなと。染五郎という器からあふれ出ている。芸がこぼれてしまっている。そこで器を幸四郎に変えれば、新たに十代目幸四郎としての芸を、もっと詰め込めると思いました。今回はとてもいい機会だと思います」と答えた。

今回、夜の部で演じる「魚屋宗五郎」について

「『魚屋宗五郎』は、大変面白い芝居です。襲名は大事ですが、やっぱり一番大事なのはお客様に喜んでいただける演目です。『魚屋宗五郎』は何度かやらせていただいて、江戸弁なんか出て来て、お酒を飲みながら酔っ払っていく役。演じていておもしろくて楽しくてしょうがない。お客様にそう思っていただけるような『魚屋宗五郎』にしたいと思っています。簡単そうに見えますが、間の取り方など誰にでもできる役ではありません。今回の博多座では、『魚屋宗五郎』が一番だと思わせますから。息子であろうと孫であろうと、みんなライバルです」と意気込みを見せた。

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一方、十代目松本幸四郎さんは、「今回襲名披露興行にあたっては、『伊達の十役』を襲名披露としてやらせていただくことになりました。この作品は、博多座という劇場ができたからこそ、九州の地でやることができる作品でございます。『伊達の十役』は、新作歌舞伎の中では最高傑作だと思っておおります。大きな役のなかでも、政岡をやれることが一番の魅力です。それくらい政岡は魅力的。政岡をやりたいから、『伊達の十役』をやるようなものです」と話す。

三代での襲名について

「幸四郎という名前を父から譲られて、これ以上幸せなことはありません。これからも父の背中を追い続けていきます。ただ、染五郎になった時も思ったことですが、「染五郎というと、お父さんをイメージするから呼びづらいね」とまわりから言われたことがあります。染五郎という名前を許されたのですが、自分でも染五郎という名前を言っていいのかという不安に駆られたこともあります。しかし、僕が染五郎であると叫び続けるしかない。舞台に立ち続ける以外ないという気持ちで31年間過ごしてまいりました。これからは、松本幸四郎がはじまります。

襲名は2度目なんですが、今回は、染五郎という名前が息子に受け継がれます。隣で息子が染五郎という名前を披露するのを毎日聴くことで、自分は染五郎ではなく幸四郎であると強く感じることができました。息子は、背が大きくなり、大人の役ができなければ舞台に立てない身体になりました。今からが本当のスタートです。1日でも早く戦力になるように頑張ってもらい、全てを伝えていきたいです」と熱い思いを語ってくれた。