「ヨンキュープラス」49歳以上のおじさんおばさんに正直なメディアをつくってみました。ご賞味ください。

何が正しいのか?正しさとは何なのか?

コラム 伝えたいこと

何が正しいのか?正しさとは何なのか?

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私は、鹿児島県宮之城町出身です。転勤族だったので、実際に住んでいないものの、本来であれば鹿児島県宮之城町出身の人間なのです。ですが、現在平成の大合併により、鹿児島県薩摩郡宮之城町は存在しておらず、今から10年以上前にさつま町となっています。故郷といえど、生まれ育った環境でもなく、盆と正月に立ち寄る程度ですので、さほど思い入れがあるわけではありません。ですが、宮之城という呼称が、なくなっていくであろう将来には、若干寂しい思いを感じます。とはいえ、鹿児島県の北薩エリアで、過疎化が激しい故郷ですので、私自身も地元に帰って、終の棲家にするなどという想いは毛頭なく、ただただ限界集落を迎え、地元にいる血縁関係のある方々がいるうちは、なんとかなればいいのかな。と、勝手ながら思います。お墓もありますし、現在も田畑があります。残念ながら、同世代血縁関係者は誰ひとりとして、宮之城に住むという選択肢を持っていないのです。何故でしょうか?

核家族化され、断裂された縦の血縁関係、過疎化の問題、人口一極集中などなど、「戻らない」というこの選択しか選ばなくなった理由はたくさん挙げられます。できない、やらない選択をするときの人間の弱さが、理由を書き連ねてしまうのは、悲しい性です。結果、戻らないと選択をした以上は、見捨てた人間として、見届けないといけないのかな?と、感じています。それが我々の責務なのかな?と。しかしながら、時代は進化し、文明の力は技術革新とともに、遠くにいながら声が聞ける、顔が見える、喜怒哀楽を共有する。そういうことを実現可能にしてきたのではないか?SNSが普及するにつれ、孫の顔、動画、音声を比較的簡単に故郷の祖父母に届けることは可能となり、以前と比べ、距離が離れていても、接触頻度高い状況を作ることができている。結果、故郷へ帰る頻度は減る。そういうことが起きているのかもしれません。

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また、昨今、故郷の田園風景が太陽光パネルに変わり、違和感を覚えるという意見を耳にします。ただ、それは故郷を捨てた側の都合の良い意見で、個人的には、お米をつくるより、農作物を作るより、太陽光発電のほうが、儲かる。手間がかからない。コストパフォーマンスが高い。と、地域住民の方々が、そう判断した結果ならいいのではないか?と感じます。それは住んでいる人が普段の状況を鑑み、取捨選択すればいいと思いますし、他人が状況をわかっていないのに、とやかく言う問題でもないのではないかな?と思います。また、故郷の風景は里山です。元来、里山は自然のままというわけではありません。人間が暮らしやすいようにということで、つくった人工的な自然なのです。ですから、そこに稲作の代わりとして、これから太陽光パネルが入っていったとしても、利便性を考え、その選択をしたわけなので、従来の里山の概念と同一のものであると判断できます。もしかしたら、今後は平成以降における故郷の風景として、新しい里山風景となっていくのかもしれません。

人として正しい道を歩みなさい。なんとなくそういう教えでこれまで育ってきた気がします。正しさの指標は何なのか?杓子定規に置き換えられるものなのか?私にはよく分かりません。これまでは、メディアが流行を作ったり、文化を造ったりしてこれたのかもしれません。それに踊らされ、右向け右で従順に振り向けたのかもしれません。ただそんな時代は終焉のときを迎えつつあるのではないか?そう感じます。いつしか音楽業界でもミリオンセラーという言葉を聞かなくなりました。視聴率も高視聴率といっても、さほどのパーセンテージになっていません。これからは消費者マインドをコントロールできる時代ではないのではないか?そう感じてなりません。ですので、このヨンキュープラスくらい踊らされず正直に、せめて食べて美味しいもの、呑んで美味しいもの、もらって嬉しいもの、なんとなく健康にも良さそうなもの、なんとなく体がきれいになりそうなもの。そう思う人間がそれを信じて発信できるメディアとしてあり続けられたらいいなと。今、切に願っています。

伝統と伝承。似たような言葉がありますが、伝統とは、受け継いで、さらに今の時代に合うかたちで進化をさせていくことだそうです。伊万里の陶芸家さんも、久留米のとんこつラーメン屋さんも。野球の打撃論を語る方もニュアンスとしては同じようなことを言われていました。そうやって、伝統工芸だけど、古めかしいものにならないように。ということを意識して進化していくことで、百年、何百年と続くものになっているのではないかな?と。だから今日まで伝わってきている。良さを残しつつ、その時代との融合により生き続ける、そういうことなんです。だからこそ、我々もメディアとしてもそうですし、会社としても、伝統が残せるよう。日々精進していく所存です。

さて、話を戻しまして。今、福岡糸島の通称「浜の野路」。そこに住む住民の民意が反映されようとしています。そこに住む人が考える。答えを出す。もしかしたら、答えは出ないかもしれない。意見で終わるのかもしれない。民意は反映されないのかもしれない。だけど、意志を示す。すごく大事な機会だと思います。そして、大事な一歩だと思います。本来は風力発電の計画が挙がっていました。が、それは民意により撤回されました。素晴らしいです。そしてこの機会を手にされたのだと思います。私は、住む人が決めればいい。そこに生活がある人が考えればいい。そう感じています。何故ならば、日本は古くからその土地を守るために。という意識が強い国です。一所懸命。ひとつのところに命を懸ける。どんなに災害が起きようと、その土地を守り抜くことが先祖代々の使命だと思っているわけなので。その選択を捨てた人間としては、是非、糸島の方々には、ご自身が住みゆくその土地を未来永劫守り抜くために、意見を出し合っていただければと。正しいことなんて誰もわからない。ただ未来を見据えて。悔いなきように。

(橋口洋和)

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