新作楽語 三人チキショー
席亭・中村修治 作・中村亭ショーイチ
ええ、本日もお運びをありがとうございます。
今年ももう10月でございます。時の経つのは早いもので、光陰矢の如しなどと申しますが、これは飛び去った矢のように、巡り去った月日は戻らないという意味だそうでございます。タイムスリップとは射った矢を拾ってきてはまた射なおすようなものでございます。
よりよい答えを求めながら失敗を重ねる人生において、もう一度やり直したいというのは、永遠の希求でございましょう。
そんなタイムスリップ、しっかり矢を射直せば良いのですが、どこにでも粗忽者、無精者というのがおりまして、矢を拾わずに次を射ってしまう者がおります。
さてさて、今日も粗忽な無精者がラジオで野球なんぞ聴きながら自転車にのっております。
与太A
「やあ、いい天気だな。うん、自転車日和だね。お!柳田、満塁ホームランかよ!へっ、こりゃ日本一確実だな。おっとお嬢さん、危ねえなぁ、オレは無精者だからね、よけねえよ。ま、いいケツしてるから許してやらあ。」
この男、そそっかしい上に無精者。どうせ前から来る奴が避けるだろうとそのまんま走ります。
その挙句、走ってきた車にどーん!当てた運転手さんが気の毒であります。
与太A
「あいててて・・・のはずなんだけどね、あれ?なんともないよ。痛がる面倒がなくならあ。・・・お?前走ってるやつ、危ねえなあ、ふらふら自転車乗ってやがらあ、バカだねえ、ナスビの柄の変なシャツなんか着ちゃってさ、いくら秋だからってね、あ、オレもか。あ、車だよ、おい!あんしゃん!止まれ!」
与太B
「なんだよ、うしろからよ、うるせえな、止まるのが面倒じゃねえか!・・・おおっと、危ねえなあ、車が鼻っ面かすめて行きやがった・・・いや、助かったね。声かけてくれたお兄さんのおかげだね。」
与太A
「おい、危なかったな・・・あ!おまえ、よく見りゃあ、オレじゃねえかよ。」
与太B
「おお、そう言うおまえは、オレだな。」
与太A
「おお、おまえのオレ!」
与太B
「ところでオレのおまえ、なんでこんなところにいるんだよ?」
与太A
「そりゃあ、おまえのオレ、わかんねえが、あれ?柳田が満塁ホームラン?オレさっき聞いたぞ、あれぇ?あ、そうだ!オレ、さっきの車にひかれたんだよ、そいでよ死んだかと思ったんだよ。」
与太B
「じゃあ、なにか?おまえのオレ、幽霊のオレか?こりゃあご愁傷様なこった。」
与太A
「ばかやろう、足はあるよ。」
与太B
「なんだ、じゃあ死骸かよ、やだね、らくだじゃあるめえし、カンカンノウキューレンスってか?冷やでいっぱい。」
与太A
「そいつあ火屋だね・・・何言わせんだ、生きてるよ!そうだ!おい、おまえ、きっとあれだよ、タイムスリップだよ。車とぶつかったショックでよ。」
与太B
「あは?タイムスリップだぁ?ショックだぁ?。おまえは田宮二郎のクイズか?」
与太B
「ああ、落っことしても大丈夫な時計か?イーっ!」
与太A
「それはGショック!おい、わざと間違えてるだろ?ついでにショッカーくっつけやがって。」
人工知能コジマヨシヲsaid・・・タイムスリップといえば、「戦国自衛隊」のように、遠い時代に飛んでいって、そこで未来の知識で大活躍ってことになるんですが、この男の場合、ほんの30秒ほどで前に戻るという、中途半端なタイムスリップでございます。要するに同じ男が二人、同時代に存在する有様でして。
与太A
「・・ってことなんだよ。オレのおまえ、わかるか?」
与太B
「わかったようなわからんような。しかし中途半端なやつだね、バカチンだね。」
与太A
「てめぇ、誰に向かって口きいてんだぁ。」
与太B
「あぁ?誰っておまえ、オレじゃねえか。オレがオレに悪口言って何が悪い!一種の独り言だぁ。」
与太A
「オレも自分に悪口言われてりゃあ世話ねえや。もういい、ここでうだうだ言っても仕方がねえ。とにかくウチへ行こうや。くたびれちまったよ。」
与太B
「いいよ、来(き)ねえ。ここで会ったのも何かの縁だ。ま、狭いけどな。」
与太A
「知ってるよ。おまけに大家がうるせえんだよ。」
与太B
「おい、遠慮なく入れ。おい、ご亭主さまのお帰りだぁ。」
与太A
「おじゃまします・・・て、ここはオレの家だよ。」
妻
「おかえんなさい・・・あれ、お友達?え、まさか、ショック!」
与太B
「おまえも田宮二郎のクイズかよ?でもおまえさ、まさかって、何だよ?」
妻
「あなたそんな趣味だったの男同士で、ペアルックって。カムアウト?」
与太B
「ばか。こいつはオレだよ、オレ。おめえの亭主だよ。」
与太A
「こんにちは、オレです。亭主です。」
妻
「まあ~失礼しました、変なシャツが一緒なので、特別な仲なのかって思っちゃった。あれ、そういえば顔も背格好もいっしょね、びっくりしちゃうわ。」
与太A
「先にそっちに驚け。天然な女房だなあ・・・。」
そんなこんなで自分の家に居候することになったのですが、日々ドタバタと、三人で寝起きするという・・・三人起請ならぬ三人起床でございます。
ところが、ある日のことでございます。
与太A
「よう、オレさ、出て行こうと思うんだ。」
与太B
「なんでだよ、居心地が悪りぃか?」
与太A
「実はおまえも知ってるだろ、和菓子屋のみっちゃんさ。」
与太B
「知ってらあ、あいつオレのことが好きだったんだぜ。」
与太A
「だろ?それでよ、付き合うことにしたんだよ」
与太B
「なんだと?てめぇ、オレの女房というものがありながら・・・羨ましいぞ!取っ替えるか?みっちゃんはオレのことが好きだった・・・ということは、あ!おまえのことも好きか?」
与太A
「そうだよ。みっちゃんが女房に言ったんだよ、オレが二人いるなら一人くれって。」
与太B
「かー、なんだね。あの子はRKBに出そうないい女だけど、図々しいね。」
与太A
「言うな!そうじゃねえよ。よくわかんねぇ事情をこれ幸いと思うほど、オレが好きだったんだってよ。頭下げて頼んで来たんだ。その純情、くんでやれよ。」
与太B
「なるほどなあ。しかしオレの女房も女房だよ。オレをみっちゃんにくれてやるよはよ。ちきしょー!悔しいけど、うれしいぞ。あ、オレじゃなく、オレのおまえか。」
というわけで、みっちゃんは「オレ」と付き合いだしたわけでして。しかし、それを見た女房は複雑な顔をしてるわけでありますなぁ。
妻
「ちょっと、あんたさあ、最近、あんたのオレ、みっちゃんと付き合ってんじゃない、あれ、なんか癪に触っちゃうのよね。私というものがありながらさ、そりゃ、確かにみっちゃんはきれいよ、でもさあ。」
与太B
「なんだよなんだよ、おまえ、妬いてんのか?元はおまえがくれてやったんじゃねえか。オレのあいつをよ。あいつはオレだけど、オレはオレで、おまえの亭主だよ、いいじゃねえか、あいつオレが何しようがよ。」
妻
「でもやっぱり、私、あんたのオレが他の女と仲良くするの、やだわ。だって切ないもん。」
与太B
「だからぁ、あいつはオレだけど、オレじゃねえの!」
と、まあ、ややこしいことこの上ない。しかし、女房の心、いじらしく、わからないこともありません。
与太B
「・・・ってことなんだよ、オレのおまえ。あいつの気持ちもわかってくれよ。」
与太A
「そっか。オレの女房だもんな。オレ、自分の時代に戻るわ。ほんの三十秒のズレでも、生きる時代が違うんだよ、自分が生きる時代って一つしかねんだ。そこでやるしかねえんだ。みっちゃんは惜しいけどな、恋女房をこまらせちゃあいけねえ。」
与太B
「そうだよ。あいつはオレに惚れてるからよ、オレのおまえのことを放っておけないんだ。おまえはオレだからな。おまえのオレの女房が、オレのおまえに嫉妬したってしかたがねえ。」
与太A
「そいでよ、オレ思ったんだけど、オレがおまえ、おまえがオレ、それぞれの時代に頑張りゃあ二倍幸せなんじゃねえかとな。死んだお袋も二倍も喜ぶってもんだ。」
与太B
「いいこというじゃねえか。オレのおまえがどこかで幸せになってるって思えば、うれしいよ。人生っていうのは心の持ちようだ・・・ところでおまえ、どうやって戻るんだよ。戻れんのか?」
与太A
「それだよ、AIコジマヨシヲに聞いてみたよ。楳図かずおっていう偉え先生の漂流教室っていう論文によればだな、スリップした場所で同じ衝撃を受ければいいんだってよ。」
というわけでして、最初に事故をした交差点で自転車に乗って、またまたふらふら走って車に突っ込むことになったのです。
与太A
「じゃあな、オレ。あいつを大事にしてやってくれよ。」
与太B
「おお、元気でなオレ、むこうでもあいつを大事にしてやってくれよな、オレ」
与太A
「じゃあな、オレ~、オレのことは忘れるなよー、オレ」
与太B
「オレのことは、忘れないぞー、オレぇ~、元気でなーオレ~。」
・・・知らない人が聞いていると「この人たちぁあ、気でも触れたのか?」という感じですが、ともかく最新の時と同じ状況を作ろうと、ゆるゆると車に・・・どーん!
与太B
「あちゃあ・・・当たったね、無事にタイムスリップしたかなあ・・・あれ?倒れてるよ、ありゃ?あいつはオレのあいつじゃねえか・・・ち、失敗しやがったな。おい、だいじょうぶか?オレ。」
与太A
「ううん、痛ってぇ。」
その時、後ろから「おい、大丈夫か?」と声をかける男がおりました。
そいつ、なすびの柄のシャツを着ておりました。
与太A・与太B
「ああ、おれが三人かよ。チキショー」
・・・お後がよろしいようで。
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