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博多のソウルフード論。

コラム お店紹介

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「お・も・て・な・し感」ゼロ

「長〜いカウンター」で大行列でもスピーディー!「いかの塩辛」食べ放題! と言えば、いまや「天ぷらのひらお」である。「天ぷらのだるま」が、オヤジの属人的魅力と能力に支えてられているとしたら、「天ぷらのひらお」は、完全にチームオペレーションで勝利していると言える。

長〜いカウンターに座ったお客様たちは、完全に養鶏場のニワトリ状態である。注文通りに出てきたものを黙々と食べる。カラーで分けられたメニュー札だけを頼りに、天ぷらが次々にカウンターに運ばれてくる。ワタシが見ている限り、ほとんどオーダーミスがない。もう「ひらおマジック」と呼んでもイイ! そして、食べたらそそくさと出ていくしかないのである。

しょーもない「お・も・て・な・し感」はゼロである。いらんことしないのである。お客は、仕切られてナンボなのである。その仕切られ感が、堪らないのである。完全アウェーの中で、塩辛の大食いに挑戦したり、塩のバリエーションに凝ってみたり、お客様が各々の小さな抵抗を試みるのである。ニワトリにも五分の魂である。
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博多のソウルフード

ラーメンの「一蘭」の仕切りカウンター方式も博多ならではだろう。冷静に考えるとめっちゃ滑稽である。そのオペレーション開発についての蘊蓄は、もうネタの域である。


このように博多のソウルフードと呼ばれるものは、全部、自虐的である。M気質がないと受け入れられないものばかりなのである。味覚とかそんなことより、この「客を客とも思わないオペレーション」にドップリ浸かることがない限り、これらをソウルフードと呼ぶことはないわけである。

昔のアニメに良くあるシーンが浮かぶ。「お前を仲間とは認めないからな」とクラスの不良が転校生に喧嘩を売る。転校生は、全力で不良にぶつかって行って、最後は、校庭に2人が寝転がって「お前、なかなかやるじゃないか」と抱き合い、ソウルフレンドになっていくってやつ。笑

まさしくこれなのである。元祖長浜屋も、牧のうどんも、天ぷらのひらおも、一蘭も、お客様の方からぶつかって行かないと認められないオペレーションを有しているのだ。その儀式を通過した者たちは、みんなこれをソウルフードと呼んでいるという構図である。

「客を客とも思わないオペレーション」に込められたソウルに触れることによって、お客側のソウルが熱くなり、一体感が生まれるのである。それらは、冷静に判断したらベタなくらい滑稽なのである。それは、もう漫画の1シーンを観るようである。

名物にうまいものなし。

博多のソウルフードにお客様第一なし。

お客様におもねっているだけのサービスからは、きっとソウルフードは生まれなかったのである。この「かかってきなさい」という感じは、博多祇園山笠のソウルに通じている。商都・博多は、そもそもM気質なのである。だからワタシは、ドップリと博多を満喫しているのだ。笑