「ヨンキュープラス」49歳以上のおじさんおばさんに正直なメディアをつくってみました。ご賞味ください。

プチ先生など溶けて消えろ!!!

コラム 伝えたいこと

中村修治,福岡,深夜番組,ケン坊田中,東日本大震災,

本当に先生と呼ばれるべき人だけでいい

東日本大震災でわかったことがある。政治家、官僚、東電・・・日本のエリートの方々は、集まっていても、あまり役に立たないのではないかという現実。「先生方」が、各々の「先生方」を、「先生」呼ばわりする組織では、危機管理能力なんて存在しなかったという、日本というシステムの恐ろしい現実である。

・・・なのに、未だに、どこに行っても先生方たちばかりである。「街づくり」という大義は、先生方の意見を聞かないと動き出さないのか?地域の企業経営者という偉い人達を集めるために、また偉い先生たちを呼んで「街づくり」の会合を開く。壇上からのありがたい話をわかった顔して聞くけど、だからどうした?である。

じゃ、これが市民発の「街づくり」会議に出ても同じである。小粒な先生たちが小粒な話をして会合が始まる。「私たちは、良いことを議論しています」「私たちは、利他の精神で集まっています」「私たちは、寛容な議論を良しとしています」「私たちは、開かれた意見を聞いています」。その「私たち」という「私」は、いったい誰なのか?

その道の秀才は、畑の違う分野には、同じような秀才が居ることを知っている。だから、お互いが「先生」と謙遜し合う。秀才だから、自分を全知全能だと言ったりはしない。賢くて変に傲慢じゃないから、その得意分野だけの智慧を出そうとする。

「私たち」という「私」には、その道の先生がいっぱいいるのである。一生懸命勉強をしてプチ先生になった方々は、偉大な先生たちの正々堂々とした誤答を「正答」にしてしまうのである。そうして「先生方」が各々の「先生方」を「先生」呼ばわりするシステムで「街づくり」は進行し、思ったように停滞するのである。

先生たちの気持ち・心構えが、一向にわからない。

2年ほど前のことである。福岡のとある場所で行われた有志の集まる会合。主催する女性の苦悩が見ておられずに救いの助言をしたことがある。すると突然、今まで会ったこともない10才以上年下の会議を仕切っていたプチ先生が隣席にやってきて「中村さんはおもしろい人ですね。××先生に会ってください」と悪気もなく言い放ちやがりました。笑

何だろう?あの時の気持ち悪さは・・・。いたたまれない。
あれからというもの、その類の会合には、2度と顔を出していない。

私には、一向にわからないのである。無策で終わるはずであろう復興会議に呼ばれて意見を言う先生方の気持ちが。「街づくり」だと言って地方会合の壇上に上がって成功例を語る先生方の心構えが。「私たちは、利他の精神で集まっています」という「私たち≒プチ先生」が、有志を批評する目線が。

お願いだから偉そうにしないでいただきたい。街を再生する「創造性」を「先生」たちに求める「プチ先生」たちは、どうか溶けて消えていただきたい。「先生」は、言い放って「待つ」のが職能である。みんなが「先生」を仰ぎ見て「街づくり」がうまくいくわけがないではないか!