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豊臣秀吉は入浴マナーにうるさかったのだ!

温泉紹介 コラム

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ランドマークが存在する温泉地は人気が高い。

由布院温泉では金鱗湖や由布岳、天ヶ瀬温泉には温泉街を貫く玖珠川、日田温泉や原鶴温泉には屋形船などがその象徴である。私が好きな佐賀県の武雄温泉の楼門や新館などは最たるもの。

 

武雄温泉の楼門と新館は国の重要文化財です。

朱色と白のコントラストと竜宮城を彷彿とさせる楼門の風貌は外国人ならずとも初体験なら感嘆の声を上げるに違いない。釘を1本も使っていないという建築技術もさることながら、東京駅との関係性にも興味を惹かれる。

当時、東京駅のドーム型天井には十二支のうち8つの干支のレリーフが飾られていてなぜ4つ足りないのか?という謎が存在していた。その足りない4つの干支が東京駅完成の翌年に出来上がったこの武雄の楼門で見つかったのだ。東京駅も武雄の楼門も設計は佐賀県出身の辰野金吾氏という共通点から、彼の遊び心なのだろうと言い伝えられている。

そんな逸話も楽しいのだが、戦国時代のあるエピソードが武雄温泉を好きな要因である。

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織田信長よりも豊臣秀吉派です。

戦国武将では織田信長が圧倒的な人気を博しているが、私は豊臣秀吉派である。というのも、織田信長のように「天下布武」という壮大な野望を抱いてそれに邁進するより、秀吉のように信長の背中を一心不乱に追いかけて、信長の死後、ふと周りを見たら天下を治められる地位になっていた、というコツコツ感が好きなのだ。農民の出自というのにも共感を覚える。

その昔、文禄・慶長の役の際、名護屋城に集められた兵士が武雄温泉を訪れていた。そんな兵士に対し、秀吉は他の入浴客に迷惑をかけないようにと、朱印状「入浴心得」を発行したという。

秀吉ファンとしては誇らしい限りである。その朱印状は今も新館の1階に掲示されているので、閲覧後、マナーを守って弱アルカリ性のトロトロした肌触りの美肌の湯を堪能しよう。

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